食物アレルギーっ子の日々のあれこれ

エピペン携帯マルチ食物アレルギー中学生を持つ家庭科講師です。教育現場と食アレッ子家庭の架け橋・サポートをさせて頂きたいという思いから『食物アレルギーサポーター』と銘打って講演会などの活動をしています。息子が小さい頃はお米・麦茶を含む15種類以上のアレルゲン有。ドクターの指示の元、減感作療法を実施し現在生卵・キウイ・カカオの3種類までアレルゲンは減りました。

『昭和27年・47年・55年の学校給食見本』

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『昭和27・47・55の学校給食見本』

 

先日、ホテルセントヒル長崎での会議の際にロビーで見つけた昔の教室と昭和の給食!!

 

<メニュー>

昭和27年→コッペパン・ジャム・脱脂粉乳・竜田揚げ・せんキャベツ

 

昭和47年→コッペパン・瓶牛乳・ちゃんぽん・ソーセージ・りんご

 

昭和55年→カレーライス・牛乳・ムース・キャベツときゅうりのサラダ

 

 

昭和27年の竜田揚げは「くじらの竜田揚げ」でしょうか。

私が小学生の時(30~35年ぐらい前)、給食ではくじらの竜田揚げが出ていました。

最近は見ませんね~、昔はお安かったのです。

 

ちゃんぽんが給食で出る=「THE長崎!!」ですね。

息子の食物アレルギーのおかげで、私もちゃんぽんを作るようになり今では我が家の定番です♪♪

ちゃんぽん麺ではなく「きび麺」を使って作っていました。

 

昭和55年になると、パック牛乳になり、品数も多くなりスイーツも付いています。

 

昔の給食を見ていると、食物アレルギーの方はどうしていたのだろうと考えてしまいます。

 

2012年東京都調布市での給食誤食による小5女の子が亡くなった悲しい事故以降、行政・学校現場も更に力を入れていただいた印象はありますが、やはり最後は現場の個別対応。

 

預かる側も預ける側も、悩みや大きな不安、困り感を抱えている方がいらっしゃいます。学校現場に身をおく一人として、これからも1つ1つ取り組んでいきたいと改めて考えた「昔の給食」した。

 

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