食物アレルギーっ子の日々のあれこれ

エピペン携帯マルチ食物アレルギー中学生を持つ家庭科講師です。教育現場と食アレッ子家庭の架け橋・サポートをさせて頂きたいという思いから『食物アレルギーサポーター』と銘打って講演会などの活動をしています。息子が小さい頃はお米・麦茶を含む15種類以上のアレルゲン有。ドクターの指示の元、減感作療法を実施し現在生卵・キウイ・カカオの3種類までアレルゲンは減りました。

本日『アレルギーの日』に寄せて・・・ 

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本日『アレルギーの日』に寄せて・・・ 

 

1995年日本アレルギー協会は、

石坂公成・照子先生がIgE抗体を発見し、

米国のアレルギー学会で発表された

2月20日を「アレルギーの日

と制定しました。

 

息子の「IgE」抗体の値が激しく上がっていた時期は、私は「IgE」値に一喜一憂していました。

息子の小麦の値が振り切れて、ついに数値が出なくなった時の衝撃は大きかった・・・

 

 

今日は「アレルギーの日」ということで、長文の上、食物アレルギー誤食事故の重い内容も含まれています。

読んでもいいよという方がいらっしゃいましたら、それなりの覚悟を持ってお読み頂ければ嬉しく思います。

 

今まさに食アレっ子がいて頑張っている、でも悩んでいる困っているという方に、このようなケースもあるということを知って頂ければ・・・という思いからアップします。

 

この記事で私の思いが全て伝わるとは勿論思っていませんしわかってはいますが、一部分だけを切り取ってそこだけを人に伝えて・・・

ということがないように切にお願い致します。

 

 

 

 

この記事のトップ画像にしている写真、私と息子を取材して頂いたNHKさんの特集でも放送されていたものです。

私の一生の宝物です♡

ラミネート加工して飾っています。

 

2012年2月2日

息子5歳

折り紙の裏に「おかあさんすき」

と私に隠れて書いて、私に渡してくれました。

 

なぜ日付を覚えているかというと、前日の

2012年2月1日

に園で卵入りチャーハンを35分も食べさせられる

という誤食事故が起きました。

(息子、卵完全除去の時代です。)

 

 

給食時には息子のすぐ隣に先生がいるというお約束も反故にされており、

息子が嘔吐したのでバイキン扱いされ、

いつの間にか責任者の担任は教室からいなくなり、

翌日以降は

「職員会議したから許して」、

掲示物したから許して」、

「(つっこみ所満載の)マニュアルを作成したから許して」、

関係者全員、夫も私も出席した会議の際には

手まぜしたり窓から空を見たりする方も・・・

 

これ以上ここには書けないような、

一部の先生を除き、ただただ呆れる対応をされました。

 

勿論事故が起こるということ自体がよくないのですが、

その後の対応のあまりのひどさに、

こちらの思いの伝わらなさに、

この人達同じ人間かな?と私は感じたほどでした。

 

 

他人を信じることは出来ない、

息子を人に預けるなんて無理、

この子は小学校行けない、

こんな子預かってくれない、

と事故翌日から私の引きこもりが始まりました・・・

 

 

自宅で、息子の将来を悲観する日々でした。

この子はどうやって生きていくのだろう・・・

いや生きていけるのか?・・・

いやいっそ・・・

 

でもずっと親子で引きこもるの?・・・

私が自宅で息子を閉じ込めていいのか?・・・

いややっぱりこの気持ちは誰にもわかってもらえない・・・

健康に生んであげられなくてごめんね・・・

 

自宅で時計をふと見ると、なぜか毎日息子が誤食した時間で、息子を守れなかった自分が情けなくて許せなくて涙が落ちてきて・・・

 

頭の中がぐちゃぐちゃで、

私は好きな紅茶すら飲めないほど飲食物を受け付けられない、

眠れない、

と日常生活が送れなくなり体重も38キロ台まで落ちました。

 

今思えば、息子が死ぬかもしれないという現実を目の当たりにしPTSDだったのだと思いますが、当時はそう思う余裕もなく・・・

他に作る人もいないので息子の食事を私が作ってはいたはずなのですが、事故後1~2ヶ月の記憶が断片的にしか残っていません。

夫に助言され、ワードにその時の私の気持ちを支離滅裂に書いたものが残っており、それを見返してそうだったな・・・と思ったりするほどです。

 

 

息子は食物アレルギー以外にも病気を持っています。

昨年度そこを同じクラスの子に言葉で攻撃され、「学校行きたくない」と欠席し「ぼくは死にたい」と言っていた時期もありました。

(勿論、親ががっつり介入して解決して頂きました。)

学校の先生などには病名や対応策など勿論お伝えしお願いしておりますが、本人の意向で公にはしていません。

 

我が家は、私が原因でなかなか子どもが出来ず、

それなりに時間もお金もかけ、

やっと妊娠がわかってめちゃくちゃ嬉しくて、

その時は普通に「普通の子」を生むものだと思っていました。

 

今思えば、私が親になる覚悟が足りていなかった・・・

 

 

 

最近、YouTubeでよく聞いている曲があります。

 

Insheartさんの
『あなたが生まれて』 

あなたが生まれて/Insheart(インスハート) - YouTube

https://youtu.be/HSyMFMNueg4

 

 

歌詞の一部を紹介させてください。


名前どうしよう

まだだよね

早すぎるわたし

男の子?女の子?

それすらも分からない頃に

  

 

何度も何度でも

自分責め続けていたけれど

 
あなたが生まれてよかったと

思うまでに時間がかかった

 
あなたが生まれてよかったと

あなたがこれから思えるように

 
世界の誰より一番あなたが

愛されたと思うように

  

誰より弱かった

あなたがわたし強く

育ててくれたから

 
お母さんありがとう

ありがとう

あなたが生んでくれてよかった

  

でこぼこ道は少し多いけど

ゆっくりだけど歩んでいける

 
お母さんの子で良かった

 

 

歌詞の中にある 

『何度も何度でも

 自分責め続けていたけれど』

誤食事故の際はまさにこの状況でした。

出口のないトンネルの中にいました。

 

ただでさえ、

毎日毎食の食事作り・・・

食事を挟む外出は出来ない・・・

いつも息子の食事のことばかり考え、周りに気を使い・・・

アレルゲンが多く食べられるものが少なく、お腹が空いて泣いてばかりの息子・・・

お腹が空いて夜中も何度も起きて泣いて・・・

こんなに泣いているので虐待してると疑われないか・・・

 

親だから当たり前と言われたこともあり、

こんなに頑張っているのにこれ以上何をどうしたら・・・

と心が潰れていました。

 

でも、

『名前どうしよう

まだだよね

早すぎるわたし』

という歌詞を見て、

妊娠がわかってめちゃくちゃ嬉しくて、

名前を夫と楽しく考えていた時間も思い出しました。

 

うちの息子は、

「お母さんの所に生まれてきて良かった♪」

「上から下を見たら沢山の人がいたけど、お母さんがいたからここだと思った♪」

「ぼくは上で1人だったんだよ。」

と言ってくれたことがあります。

 

今では毎日

「お母さん大好き」

と言ってくれるマザコンです(笑)

 

 

結婚する前は

「結婚は?」

 

結婚したら

「子どもは?」

 

1人生まれたら

「兄弟を作らないとダメだよ!!」

 

私は、息子が小さい頃かわいいと思える余裕は全くないほど毎日毎食必死で疲労困憊していました。

1食1食が命がけだったのです・・・

いつ何か起こるかわからない、私のミスが息子の命を左右する・・・

 

周りに流されプレシャーに押しつぶされていた私でしたが、

息子がうちに来てくれたからこそ、

息子の言葉に沢山救ってもらい、

育てて貰っている私です。

 

 

 もう1曲

Insheartさんの
『わたしへのさよなら』

という曲の歌詞も一部紹介させてください。

 

わたしは1人では生きていけない

あなたも1人では生きていけない


支える、でもなく、支えられる、でもなく、

支え合って人は生きていくんだろう

 

 

今こうして私がブログを書き、外で仕事をし、人に会い・・・

このようなことが出来ているのは、息子は勿論私も支えて頂いた皆様のおかげです。

 

支えて頂いた皆様に、恩返しがしたい!!

感謝の気持ちを形にあらわせたら・・・

という思いが、

今まさに頑張っている食アレっ子保護者のお手伝いをしたい!!

「食物アレルギーサポーター」

の活動に繋がっています。

 

 

 

息子、15種類以上のアレルゲンが現在3種類にまで減っています。

週に4回ぐらいコピー食品を持参だった学校給食、今ではほぼ食べることが出来ています。

 

息子が生まれこの12年様々なことがありましたが、私たち親子は元気に笑顔で過ごしています。

 

 

息子よ・・・

うちに来てくれてありがとう♡

折り紙の裏に「おかあさんすき」と書いてお母さんを励ましてくれてありがとう♡
 

 

支えて頂いている沢山の皆様・・・

ありがとうございます♡

こんなに大きくなりました!!

 

うちの息子、来月小学校を卒業します。

この6年、誤食なしです。

 

毎年2月1日は、誤食事故から何年経ったな……と今でも思う日です。

息子が学校から元気に帰宅すること、普通に『ただいまー♪♪』と帰宅することの有り難さを今でも噛み締める日々です。

 

誤食事故もありどん底まで落ちた私たちです。

今まさに小さい食アレっ子をお持ちの方は、毎日毎食大変だと思います。

でもこんなに元気に過ごしている事例の1つとして、知って頂けると嬉しく存じます。

 

長が~い文、重~い内容でしたが、お読み頂き誠にありがとうございました!!

 

今では親子でがっつり太ってます(笑)

 

 

最後に、

Insheartさんの曲を是非聴いて~♡

長崎大学医学部の同級生で、現役医師でもあるお2人の歌は心にジーンと沁みわたりあったかくなります。

私は生歌を聴いたことがありますが、感動感動の嵐でした♡

 

先週TBSあさチャンでも特集が組まれ、東京大阪福岡のライブツアーは残念ながら完売しているそうです。

長崎にもまた来てくださるのを楽しみにしています♡

 

 

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